
原産地はエチオピアともいわれ、エジプトからシルクロードをたどって6世紀頃に日本に伝来したといわれています。山形県では15世紀半ばから栽培が始まったとされていますが、江戸初期には質・量とも日本一の紅花産地として栄え、最盛期には全国の50〜60%を山形産が占めました。最上川沿いの肥えた土地が主産地で、朝霧の立ちやすい気候が、トゲのある紅花を摘みやすくしたといいます。

「まゆはきを俤にして紅粉の花」の句は、芭蕉が奥の細道の旅の途中、この地を訪れた時に詠んだものです。1689年の当時、紅花なくしては山形を語れなかったのでしょう。
紅花交易は文化の交流にも大きな役割を果たし、巨万の富を築いた豪商も数多く現れました。現在も県内各地に、紅花に関する史跡や資料館があり、当時の記録をとどめています。
この最上川流域で、なぜ紅花の大産地が形成されたのでしょうか。気候・土壌が栽培に適していたということもありますが、山形の他に、奥州福島・奥州仙台・奥州三春・西国肥後・尾張・遠江・相模などで生産されていましたので、気候・土壌が決定的な要因だったというわけではなさそうです。
むしろ、最上川の舟運で山形と京都や大阪が北前船によって深く結びつき、紅花商人たちが活躍したことが、産地の拡大に繋がったといわれています。
紅花商人たちは、山形から紅餅を京へ出荷し、京からの帰り荷として古着のパーツを中心とした日用品を持ち帰り、各地に広く商いました。行きで儲かり、帰りでも儲かるとのことで、この商売は「ノコギリ商売」と呼ばれたということです。
現在でも、最上川流域の市町村には、紅花商人たちによって京から持ち帰られた江戸時代の雛人形(享保雛、古今雛など)がたくさん残存し、「山形雛のみち」や「庄内雛のみち」といわれるほど雛祭りが盛んに行われています。
一方、舞妓さんにみられる真っ赤なおちょぼ口。その紅は紅花から抽出した染料で、江戸時代には「紅一匁(もんめ)金一匁」といわれるほど大変高価なものでした。
明治に入ると外国からの化学染料が台頭し、紅花生産は急に衰退してしまいます。しかし戦後になって、山形県を代表する花として再び紅花が注目されはじめます。
その保存と復興がはかられた結果、1982年には山形県の県花に選定されます。近年は自然染料として見直されてきており、山形県内では昔ながらの製法で作られた紅もちやすり花が生産されています。
紅花からとれる食用油はサフラワー油として知られ、リノール酸を多く含むことから、コレステロール過多による動脈硬化症の予防に有効です。また、乾燥させた花びら(乱花)も、漢方では冷え性や肩こりなど、血行障害の治療に用いるといいます。
| 学名: | Carthamus tinctorius (カルタムス・ティンクトリス) カルタムスはアラビア語で「染める」の意味 |
| 和名: | 紅花、末摘花、呉の藍 |
| 英名: | Safflower(サフラワー) |
| 自生地: | 降水雨量の少ない乾燥地帯、砂漠、未耕地(中央アジア山岳地帯、エジプトナイル川中流域帯、エチオピア、地中海沿岸等) |
| 栽培適条件: | 少雨少湿、生育適温10〜25℃生育が進むほど高温、多日照条件になる環境が良い。土壌は耕土が深く、中性ないし弱アルカリ性の肥沃な土壌。 |

染料や食用として利用されている紅花。花弁や葉、種子とすべての部分が使用できて、化粧品や薬用など幅広いジャンルで使用されています。
紅花の花弁に含まれる色素には、水に溶ける色素(黄色)と水に溶けない色素(紅色)があり、共に染料として用いられます。
紅花の種子からはサフラワー油がとれ、サラダ油・天ぷら油マーガリン等の食用油として使われています。
紅花の色素を使用した菓子や麺類なども開発されており、今後、多方面への展開に期待されています。

化粧品では口紅に使われていることが有名ですが、最近は肌の活性化にも優れた効果を見せることから、女性の注目を集めています。顔のシミやシワの原因をつくる活性酸素を取り除く作用が認められています。摂取の仕方も紅花を煎じたお茶を飲んだり、ご飯に混ぜて食べたりと気軽にできます。また、唇に塗れば荒れを防いで血行を良くし、紅花で染めた布を肌につけると体が温まる等、昔から女性の味方でした。
紅花加工品は、染物の染料や料理などに使われます。
山形の紅花で昔ながらの技法で作られた紅花加工品です。



