
山居倉庫(さんきょそうこ)は、明治26年に旧庄内藩主酒井家によって酒田米穀取引所の付属倉庫として建設された、酒田のシンボル的存在。自然を巧みに利用した低温管理により100年以上経った今でも実際に倉庫として使用されている。そのうち2棟を利用して観光・物産の拠点となる「酒田夢の倶楽」が設置されており、ミュージアム「華の館」では人形師・辻村寿三郎氏による雛人形たちが厳かに常設展示されている。古代雛のみならず、現代の技もここで見ておきたい。



<鶴岡市>
江戸時代の建物、明治・大正時代の洋館が建つ街並みはどことなく落ち着いた、酒田とは違った印象を受ける鶴岡。庄内藩を統治した酒井家は、徳川四天王の一人酒井忠次を初代とした名門だ。歴代の藩主には田安徳川家や熊本藩細川家などから姫君が渡り、その際に持参された雛人形や雛道具が今でも酒井家に伝わっている。
この庄内藩は、『たそがれ清兵衛』や『武士の一分』などで知られる鶴岡出身の小説家、藤沢周平の描く海坂藩(うなさかはん)のモデルであると言われている。小説の中に出てくる舞台は、実際に鶴岡を彷彿とさせる場面もあり、城下町を歩いているだけで作品の世界に浸ることができそうだ。また、映画『蝉しぐれ』の際にロケ地となった「丙申堂(へいしんどう)」は、庄内藩の御用商人で、幕末には鶴岡一の豪商となった風間家の建築によるもの。ここでも風間家が所蔵していた貴重な雛人形が飾られる。
明治36年に奥羽本線が新庄まで開通し、大正3年には陸羽西線が開通すると、最上川の役割は鉄道へと移り変わっていく。しかし、山形県にはかつての繁栄を色濃く残す文化が存在し、そして私たちの生活に深く浸透している。県内各地に現存する雛人形はそのひとつで、当時の人々の生活に思いを馳せることのできる大切な歴史なのだ。一年間でわずかな期間だけ見せてくれるその由々しき姿を、ぜひ拝見してみたいと思うのも当然なのかもしれない。


